ネットゼロが一群の人々から仕事を奪うなら、それは成功した移行ではない

石炭火力発電所の閉鎖は、排出量の数字から見れば前進である。しかし、そこで20年働いてきた従業員、周辺の商店、税収に依存する地方自治体にとっては、家計の収入と町全体の将来を揺るがす激変にもなり得る。

そのため、国際的な気候政策では「公正な移行(ジャスト・トランジション)」がますます重視されている。ここで問われているのは、移行するかどうかではなく、移行のコストを誰が負い、機会を誰が得るのかという点である。

国際労働機関(ILO)は、公正な移行とは、生態系の転換のなかで社会的・経済的な機会を拡大しつつ、ディーセント・ワーク(人間らしい働き方)、社会保障、対話を確保するものだと指摘している。COP30でも、労働者・企業・社会的包摂が移行の議題に組み込まれた。

グリーンな仕事は自動的に元の人の手に渡るわけではない

エネルギー転換は、太陽光、風力、蓄電、送配電網、省エネ、循環経済、環境サービスなどの仕事を生み出す。だが「新しい仕事がある」ことは「これまでの労働者がそれを得られる」ことと同じではない。場所が異なるかもしれず、技能が合わないかもしれず、賃金や労働条件も同じとは限らない。

政策が新たに生まれるグリーンな求人数だけを公表し、転職期間中の収入、訓練の質、家族のケア、地域産業の転換に対処しないのであれば、統計上の成功は、誰かにとっての失敗になりかねない。

だからこそ公正な移行は、工場の閉鎖や政策の施行が始まる前から着手する必要がある。政府、企業、労働組合、学校、地域社会が共同で洗い出さなければならない。どの職務が失われるのか。どの技能が転用できるのか。訓練を受けたあと、本当に仕事はあるのか。中高年層や非典型労働者は参加できるのか。地域経済に代替産業はあるのか。

公平さは移行を先延ばしにする口実ではない

「雇用を守る」ことを理由に、あらゆる脱炭素政策に反対する人もいる。しかし気候変動そのものも同じように仕事を破壊する。高温は屋外労働に影響し、干ばつは農業を打撃し、洪水は商業を中断させ、海面上昇は沿岸産業を変えてしまう。公正な移行とは現状維持ではなく、変化の代償を交渉の席にいない人々だけに負わせることを拒むという意味である。

企業がネットゼロへの道筋を示す際には、人材への影響も開示すべきである。設備を更新したあと、従業員にはどのような技能が必要になるのか。サプライヤーはそれに追いつく能力があるのか。削減できたコストのうち、どれだけを訓練と安全に投じるのか。

当事者を意思決定の場に座らせる

最も重要なのは、何が公平かを他人の代わりに決めてしまわないことである。影響を受ける労働者と地域社会には、情報があり、時間があり、そして意思決定に実際に参加する権利がなければならない。

ビジョン協会が強調する「動員」とは、すでに決まった案に人を合わせるために呼び集めることではなく、散り散りになった声が制度のなかに届くようにすることである。真に持続可能な移行は、排出量がどれだけ下がったかだけでなく、人がきちんと受け止められたかどうかも問われる。

ネットゼロとは、ある一群の人々を過去に置き去りにし、別の一群の人々だけを未来へ送り出すことではない。移行と呼ぶのであれば、誰もが歩いていける道があるべきだ。

参考資料

  • 国際労働機関(ILO)、Just transition towards environmentally sustainable economies and societies。

  • ILO at COP30およびGreen Employment Diagnostics関連資料、2025–2026年。